今日もぼんやりプーアール

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カテゴリ:普洱茶( 24 )

やって見ると大変だった


昨年より何故か、色々なお茶を少しずつ試して見たいとの声を多く戴きました。
お客様の注文がある度に計算しなくて良くなったからやっぱり必要だったのだなと、今までの怠惰を反省してます。 1月はこのメモのお陰で私がとても助かりました。
この価格表にそれぞれの茶の説明をして、プリントアウトしようと思っています。お茶の説明はやはりきちんと書きたいので、とりあえず今日が節分、春節お終わったので新しい年にむけて価格表のみ公表します。

小数点以下は繰り上げます。茶に依っては一枚買いのお客様のため、手数が掛かるために割高にしました。
茶壺、蓋碗の大きさに関わらず、お茶にもよりますが最低7から8グラムは使用して欲しいので二回分以上きりの良い値段でお売りしたいと思います。


年代順
 70年代 棗香磚茶 240㌘ 15000円  1グラム 63円(16グラム1000円)
 80年代後期 吉幸牌金瓜貢茶 500㌘ 50000円 1グラム 100円(15グラム1500円)
   
生茶の部
勐海茶厰 大益生餅茶2003 357㌘ 30000円 1グラム  82円
     7542生餅茶2004 357㌘ 30000円 1グラム  82円
     7542生餅茶2006 357㌘ 20000円 1グラム 55円
茗香茶荘 瑞貢天朝1999 400㌘ 80000円 1グラム 200円
     茗香陳餅1999 357㌘ 50000円 1グラム 136円
     
楽茶軒 千家寨生餅茶2004 357㌘ 50000円 1グラム 136円
瀾滄古茶 五福金瓜茶2009 500㌘ 70000円 1グラム 140円
永聘號 易武山生餅茶2010、2011 357㌘ 60000円 1グラム 163円
屹瑪茶厰 易武正山-300年生餅茶 2015 357㌘ 18000円 1グラム 50円
屹瑪茶厰 荒山茶-易武千年茶樹 2015 357㌘ 25000円 1グラム 70円
屹瑪茶厰 荒山茶-易武千年茶樹 2016 357㌘ 25000円 1グラム 70円
中茶牌沱茶 2010 250グラム 5000円 60グラム 1500円
下関茶厰 青心緊茶(班禅磚茶)2014 250㌘ 4000円 100グラム 2000円
鼎興茶荘 佛海(班禅磚茶)2016 250㌘ 4000円 100グラム 2000円

熟茶の部
昆明茶厰 7581磚茶1992 500㌘ 30000円 1グラム60円
金瓜貢茶 紙無し 500㌘ 7000円 100グラム 1500円
六葆茶 (広西横県茶厰) 1998 1000㌘ 12000円 100グラム 1500円
百年同慶號 餅茶2004 357㌘ 8000円  70グラム 1500円
宋聘普洱王 餅茶2015 357㌘ 8000円  70グラム 1500円
楊聘號百年記念 塾餅茶2012 357㌘ 8000円 70グラム 1500円

辺境の茶
涇渭茯茶 357㌘ 4000円  100㌘ 70グラム 1000円

1グラムで計算すると黒茶って結構安価なんだなーってあらためて思いました。毎日常用して飲むなら六葆茶や涇渭茯茶がお得ですね。

(文字違いがありますが、ご容赦下さい)
まだ漏れがあるかも。相変わらずですが、よろしくお願いします。

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by natch551 | 2017-02-03 22:41 | 普洱茶

プーアール餅茶を作ってみた

 2013年夏、中山市で若い夫婦が営む小さな普洱茶屋さんで、ご主人が普洱茶を作ってるのに出会いました。晒青緑茶を布袋に入れ炊飯器の蒸し機能を使い、やわらかくなったら袋を取りだし形を整える。後は石磨(石臼)と言う厚さ15cm程の石を載せ、その上に人間が乗って固める。作っていたのは375グラムの餅茶と500グラムの沱茶です。その風景は炊飯器に晒青緑茶をぎゅうぎゅう詰め込んでいるのが面白く心に残りましたが、その時には自分が作ろうとは思いませんでした。
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 今年8月の広州では屹瑪茶廠の陳君が、氷島の180グラムの小さな餅茶をこれは自分が作ったと言ってくれました。ここで?、店の中に石磨と袋があります。その茶餅を作った小さな袋を一枚貰って道具も見せてもらいました。私にも出来そう?よし作ってみよう。
 原料用に晒青緑茶を2キロ買いました。易武山の300年茶樹の茶葉、夏の茶葉だからほんの少し茶色くなった葉がまじります。台地茶はいやだけど、最高級の茶葉ではもったいないから、この位の茶葉が良いかな。
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 炊飯器で緑茶を蒸す中国式ではなく、晒青緑茶を柔らかくするために蒸気をあてるのは蒸篭、布は貰った一枚を参考に日本でも作ってもらいました。金物の筒の代用には 2.4キロの業務用トマト水煮缶を買いました。押し付ける石磨は、漬物の重石で代用する事にしました。水煮缶はほんの少し大きすぎるし、漬物の重しは少し安定が悪い(現在では小さな重石しか売ってないけど、たまたま30数年前の若い頃に大きいの買った覚えがあったから、下屋の奥から見つけ出す。ラッキー!)
 とりあえず一枚作って見ました。反省点は多々あります。蒸気の入れ方が弱かったなー。そしてそしてーー。雲南の映像で見ていると簡単そうだったけど、実際に工程は複雑ではないのだけど、蒸しとか布から出すタイミングとかそれぞれにコツがありそうで、やっぱり満足する餅茶ができるまでには、もう少し時間がかかりそうです。
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 だけど面白い。出来上がった茶は今ひとつだけど、愛着がわいて可愛いです。もう少し工夫しながらこれは続けて行こう。
(2016年10月29日投稿の記事を、誤って削除してしまったので再掲載しました)
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by natch551 | 2017-01-24 00:07 | 普洱茶

1グラム = ¥ ?

 最低半支(42枚)単位で仕入れいる普洱の餅茶、毎年新しく仕入れていると、数年経て何枚かが残る。餅茶は3年5年・・・と、時を経ると値上がりしだし、10年もすると手が出せない値段になったりする。
 「エコ茶会」の前に棚卸しをしながら改めてどうしようか思った。香港や広州で8万円の値段が付いているお茶を、お好きなお客様には5万円でも良いねって、5万って言ても5万円の普洱茶って日本では飲むにはやはり高価すぎるかな?。こちらで誰かに内緒でお声掛けするのは贔屓になるし、うちに2枚は残しておくと、売れるのは殆ど2,3枚なのだから。
 そんなこんなでとりあえず置いてある茶が10種類を超えようとしている。仕入れは昔の値段なのだから昔値段で売れば良いとのお声もあるかもしれないけど、最初それをしていて他店からクレームが来た事もあり、お客様からその茶はその値段で売ってはいけないと、注意を受けた事もある。
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 相場より安くとは考えるけど、一度売ってしまったらその値段ではもうその茶を仕入れられないのも困る。普洱茶はその辺が難しい。たまたま90年代初頭から仕入れていて、現在一枚30万円を超える値段になってしまった茶はもう売らない事にした。次は幾らで仕入れられるか?まだその茶が市場で取引されているのかも分からないから。
 日本では普洱茶は一枚単位より、25gなどと言う小袋の単位が一般的だけれど、まず晒青緑茶はそのままではうまく発酵しない。そして餅茶などをくずして袋に入れてしまうとやはり美味しくはならない。小分けにして時間が経つと駄目になる可能性の方が大きいから、私はグラム単位でご希望の場合はその場でけずってお分けしている。
 「エコ茶会」で5グラム単位で売っているお店があり、また、美味しいからうちで旦那様にも飲ませたいと一回分のご希望があり、そうだと思いついた。ご希望に応じてグラム売りするなら、とりあえず1グラムいくらになるのか計算してみれば良いのだ。お茶会で使いたい場合など、私もいつもいくつか試して決めたりするのだから。ご注文があったら崩して良い状態でお送りしたり、お渡ししたら良いのだ。香港や広州では84枚でも少量注文になる。氷島の茶葉を70%買ったとか、100支(8,400枚)はあるよ、何て言うのが当たり前の世界で勉強したから、まったく思い付かなかった。
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 値上がりした茶、まず1グラムいくらなのか計算してみよう。  
 そう思ったのにはもう一つ理由がある。今年は「エコ茶会」でも初めて飲むお客様が多かった。試飲席でまず生茶と熟茶どちらがお好みですか?そう聞くと“初めてなのでどう違うのか解りません”とのお答えがあった。そんな方には試飲の上でなるべく買いやすい値段の茶をお勧めしたけれど、試して見ると良いお茶ほど淹れるのがやさしい。2015年の生茶で、例えば青山班禅茶(4,000円)と荒山茶(25,000円)を、慣れない生徒さんに淹れてもらう。最初班禅茶はうまく入らない。慣れた人ならどちらも美味しく淹れられるけど、初めての人が湯の切り方が甘かったりするとすごく苦く入ってしまう。陳年の茶なら誰が淹れてもとても美味しい。だったら初めての方に誰でも美味しく淹れられる茶を、何種類かセットにしてお勧めした方が、より普洱茶の美味しさを解って戴けるのではないかなと反省している。
 普洱茶は最初が肝心。身にしみてるんだけどね。もちろんどの茶も吟味して仕入れているから自信はあるのだけれど。
 勉強し始めた当時、普洱茶のいろはも分からない私に、香港の茶商たちは良いお茶を飲ませてくれたと思う。普洱茶のみならず、岩茶や鉄観音も、今でもその味を覚えている。中国茶好きの皆さんも、最初はお茶の美味しさに吃驚してお茶好きになったと言う人が多い。

 そんなこんなで今年はまず、グラム単位の値段表作ります。
 写真も入れて計算するのでもう少し時間戴きます。
 お客さまサービスの一つ形、どうして今まで思いつかなかったのだろう。
 皆さま、本年もよろしくお願いします。
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by natch551 | 2017-01-04 20:26 | 普洱茶

初めて飲む普洱茶 (広州仕入れ旅 柑普茶、餅茶作り)

 一人でも多くの方に普洱茶の良さをわかって戴けたら良いな、というのが変わらぬ私の願いです。屹瑪茶業の餅茶“荒山茶”でも10ℊ1000円しないし、20煎は飲めるのだから、けっして高いお茶とは思わないけど、形ある茶はやはり一枚欲しいと思われると少し敷居が高いかな。お茶会に使って下さる方は多いけど、毎日飲んで楽しんで下さる方は、日本ではまだまだ少ないのが現状だと思います。
 香港普洱情報でも、大益に変わって若い人達の間で「柑普茶」が定着したとありました。これは丸のままのみかんの皮に、普洱茶を詰めて乾かして作ります。みかんの皮は乾いて陳皮になり、普洱茶は陳皮の匂いの移った熟茶になります。中でも金馬碑と呼ばれる鶴山市の茶葉果樹科学研究所で作られる柑普茶は、天日に乾して丁寧に作られています。陳皮と一緒にくずして飲みます。煎はききませんが、香りの良い茶で体が温まり、デトックス効果も在るそうです。今回一つ500円でお分けしようと仕入れました。
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 もう一つは消化や目に良いと言われる「菊普茶」で、生茶の散茶に菊の蕾を入れて飲んで戴こうと思います。
 この二つのお茶、10月の「びっくり茶会」で、茶席を作って飲んで戴こうかと思っています。道具も特別なものでなく、身近にある物でどう簡単に美味しく飲んで戴こうかと思案中です。
 散茶は易武山の300年古茶樹を仕入れました。夏の最後に摘まれた茶の様で、大きな葉に良く見るとほんの少し黄色く変色した茶葉も入っています。だから新茶よりは安かった。この散茶は小売りだけではなく、屹瑪茶業から100ℊ餅茶を作る布を一つ戴いたから餅茶作って見ようと思ってます。
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 映像見て、飲んで理解したと思っているお茶でも、作って見ると又違う景色が見えるかも知れません。これが私にとっても楽しみです。山歩き嫌い、茶毒蛾、蛭など考えるだけで嫌な私が出来るのは、出来た晒青緑茶から成形すること位かな(笑)昔の茶問屋は冬に普洱茶を作ったのだから、私も冬に向かって少しずつ準備しようと思っています。
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by natch551 | 2016-09-14 19:43 | 普洱茶

新しい風 (8月仕入れ旅 普洱生茶)

 普洱茶の生茶は屹瑪茶業に行く(2015年7月記事参照)。2015年美味しかった「荒山茶」は2016年産も変わらず美味しかった。この茶の原料となる古茶樹はその年の気候には左右されず、常に元気な新しい茶葉をたくさん付けるのだという。
 今年のお茶には内飛が入っていない。一本の千年古茶樹で出来ているというのだからとても生産量が少ないのだと思い、どの位この一本で茶葉が採れるのか聞いてみた。聞いてビックリ全部で約千キロだと言う。本当?と信じられない私に陳君はうちで作ったパンフレットを持ってきて「この樹一本の事でしょ?そう千キロは採れる」と言う。何度聞いても筆談して書いてもらってもそうだ。「荒山茶はこの樹一本から作られる」
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 そうなんだ。荒らされたと言われる西双版納の山奥に、長い間住んでいる地族しか知らないこんな元気な樹がまだ残っているんだ。雲南省は大きいなー。それから2、3日考えているうちにふと思いついた。
 以下は私の妄想です。普洱茶の有名な茶山、景邁山では黄片が出てくる秋の茶は白茶の餅茶にする。行けば分けてくれるけど内飛がなく表装紙にも印刷がない。その茶厰の白茶を店で売っているのは私はまだ見た事がない。福鼎の大手の白餅茶は10倍の値段で売られているけどまったく見かけも味も景邁山の白茶と同じだ。もしかして?そう思うのは私だけではない。それなら景邁山の白茶が良いよね。茶樹が良いのはわかっているし、値段もすごく安いもの。比べて見ながら茶友と話していた。
 屹瑪茶厰は昨年引越をした。前の店から1分の距離で表の道路に近いけれど前の店に比べると建物がバラックに近い。若い二人が自分でした内装できれいになったけど、空調は半分しか効かないし、お手洗いと台所は無くなった。表にはパートナー求むの紙が貼ってある。陳君が広州に何人顧客を持っているか知らないけど、彼の一族は村の長として学校を作り、たくさんの村人を養わなければならないんだから本当に大変だと思う。内飛のない荒山茶のいくらかは、違う茶厰の茶としてもっともっともっと高い値段で売られているのかもしれない?
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 広州の大手の茶商の友人は、“今年うちは氷島の半分は買ったよ”、なんて平気でいう。烏龍茶用に作ったとても大きなジョージア州にある畑も見せてもらった。やはりお金になるのは大量生産、大量販売だろう。その片隅で良いお茶を作っている人達は余り報れないのが現状なんだろうか。理想とは違うけれど景邁山でも半年しか仕事のなかった村人が10ヶ月は仕事が出来るようになった事。荒山茶の原料がすべて換金出来る事はそれなりに良い事だとも思う。西双版納には知られていない元気な古茶樹がきっとまだまだあるのだろう。そう思うととても嬉しかったけど、茶の流通を考えると何か複雑な気持ちになる。
 一歩一歩で良い。真面目で一生懸命な茶厰達が認められる様になって欲しい。2015年「荒山茶」を飲んだお客様がこのお茶すごく美味しいのに安い、思わずそう言って8枚買って下さった。その方は2016年も仕入れる前から予約してやはり8枚買って下さった。
とても嬉しいけど陳君その値段で本当に良いの?
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by natch551 | 2016-09-09 16:50 | 普洱茶

普洱茶は続いていく  (8月仕入れ旅、熟茶)

 最初に普洱茶を勉強しだした時、まず心しなければならないのは「普洱茶は続いていく」と言う事だと言われた。置いておけば発酵して変化していくし、そんな軽い気持ちでその言葉を受け止めたけれど、熟茶の成立を調べながら少しその言葉の意味の重さを考えなおしていた時、ふとしたきっかけで「同慶號」の1998年の熟茶にめぐりあった。
 昔皇帝今国家礼品と言われる「同慶號」が1940年代に茶葉と共に澳門に逃れて来た事はわかっている。現在、国の礼品と言われる様になるまで、何時どのように復権したのかはわからない。可以興が2006年資本が変わった事、楊聘號が百年記念餅を出した事、続々と昔の老字號と呼ばれる茶厰が復活している。
 同慶號は美味しかった。茶葉も職人も現在一流のものが集まっているのだろう。こうなると美味しいお茶探しに好奇心がとまらなくなるのが私。胡錦涛前主席が来日時におみやげで持ってきた同慶號、生茶は易武山の瑞具天朝の茶葉、熟茶も堆積温湿度の管理がとても良い。内飛以外に細いリボンが付き、内飛の他に紙が一枚入っている。どうしても今回はその茶を探したかった。同慶號は茶葉市場でも一般的に売っている茶ではない。日本で海馬さんが調べて調べて、暑い茶葉市場を歩いて、結果4日間掛けて手に入れた。
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 今回は2004年の熟茶だけ。探している過程で“佛海 鼎興茶荘”という茶荘が細々と作り今だにチベットに送っている班禅緊茶と百年宋聘號の2015年の熟茶も見つかった。どれも良心的な値段で仕入れられたから同慶號で8000円。鼎興茶荘は4000円でお分け出来る。現在は中国でも大益、下関を始めとする戦後国営企業だった新しい茶厰の茶が主流だ。もちろん熟茶は同慶號でも大量生産だけどそれらとは明らかに味が違う。丁寧に作られている事がわかるのだ。香港の茶厰も広州の大手の茶厰も陳年と言われる国営企業産の餅茶、現代では1980年代、1990年代までが数十万円で取引されているからそこに興味が集中している。新しい茶も大量生産の大手が一番売りやすいからそこの集中している。
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 茶厰の移り変わりに興味を持つ人など余りいない。けれど「普洱茶は続いていく」ならばこれはとても大切な事だと私は思う。虎屋の羊羹をどこの羊羹より信頼している私としては老字號にはそれなりの誇りとノウハウがあると思うのだ。熟茶に一番大切な堆積工程がやはり違うと思う。今回は暑かったけど「同慶號」が見付かったからとても嬉しい。見つけた店の老板、昨夜双子の男の子が生まれたと初めて会ったのに終始ごきげんでしたよ。この楽しい謎を解く為にまず中国語勉強しなければ。
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by natch551 | 2016-09-04 17:16 | 普洱茶

熟茶成立の秘密__1

 普洱茶の事を調べているといつも中国の歴史につきあたる。熟茶もその例外ではないし、もっともその影響を受けた茶だとも思う。大きな国の戦争は、日本ともまた大きく違う。一斉に勝利したり、敗北したりと言うほど簡単ではないのだ。日本軍や諸外国、国民党政権、共産党と言うふうに国が三つにわかれていた時代もあり、1949年に「中華人民共和国」に統一されるまでには各地で時差があり、お茶に関して国の体裁が整うのはそれからまだ10年近く待たなければならない。
 1940年以前の中国で最初の茶葉交換市場の出来た広州は、100年の間諸外国への輸出の大部分をにない、雲南省の茶葉の殆どはまず広州に運ばれた。
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 当時香港、澳門、広州の茶商たちは共同体で、支店、親族など殆どの茶商がいずれの場所にも関係を持っていたと言う。1949年にその関係が絶たれ、広東省は澳門、香港と切り離される。困ったのは茶商たちばかりではない。世界中のお茶を求める人々にとっても大変な時代になったのだ。特に黒茶が必需品である、チベットや東南アジアに住む人々にとってお茶は欠かせない物だから。今まで一つにまとまっていた黒茶の生産地は3ヶ所に分かれる事になった。
  雲南の同興号、同慶号などの茶厰たちが戦禍を逃れ、茶葉と共にその技術を携えて着た澳門、香港。長い年月の間茶葉取引の中心だった広東省広州。そして新しく出来た「中華人民共和国」では茶の国営企業が雲南省に五つ置かれる。黒茶(普洱茶)生産は「勐海茶厰」「下関茶厰」「昆明茶厰」の三社がになう事になった。
 考えて見ればその三ヶ所でそれぞれの「熟茶」が誕生したのは必然の成り行きだったのだろう。
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 もう一つの背景は消費地にある。戦前雲南省から広州までの道は整備されていなかったから、早くても2、3ヶ月、殆どの茶葉は半年以上掛かって運ばれて来たと言う。春から夏に雲南省の少数民族に摘まれた茶葉は、秋から冬に茶問屋に集められ晒青緑茶のまま分類され、あるいは生普洱茶に加工され、次の春から秋にかけて運ばれて来た。太陽にあたり、温湿度の違いをくぐり抜けて広州に着いた茶葉は、新茶特有の苦味がとれて円やかな味になっていたと言う。広州も温度も高く湿度の多い場所だから、そこで保管されて各地に送られた茶葉が消費者の手に渡るまでには、茶摘みされてから少なくても二年は掛かったのだろう。それらの茶はとても美味しいと評判が良かった。
 1949年以降も雲南省の茶葉の輸出の殆どを広州が独占していたが、戦前のお茶とは味が違っていた。外貨の欲しかった50年代初頭、摘み取られた茶の殆どは即座に晒青緑茶にされ、そのまま広州に運ばれていた。雲南省からは茶の保存方法や製造技術を持つ茶厰たちが居なくなっていたし、国営企業は茶のすべてについてまだ手さぐりの時代だったのだと思う。
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by natch551 | 2016-05-22 20:12 | 普洱茶

川蔵茶馬古道と四川の背夫

 このblogも中国人の春節より永く、お休みしてしまいました。
 今年は普洱茶以外の黒茶が注目をあびています。お陰様で春節以来忙しく過していました。とても嬉しい事ですが、間違った情報やあやふやな情報が氾濫しそうな気配もあるので、少しずつ辺境に運ばれた黒茶の事を書いて行きたいと思っています。今年は「今日もぼんやり辺境の茶」ですね(笑)。
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画像:1)川蔵茶馬古道の雅安から康定に向けて茶包を運ぶ「背夫」の写真、1908年7月30日に米国人ウィルソンが撮影したもの。

画像:2)フランス人オーギュスト・フランソワは清代末期の1896年に中国に来て、昆明の領事として8年間暮らし、数千枚もの写真を撮った。「背夫」の画像は、四川省の瀘定橋から康定に至るところで、1904年に撮影したもの。

 どちらも有名な写真です。

 各画像の背負っている茶は、雅安で作られた約18cm×11cm×6cmの蔵茶を約1mの長さの竹籠で包みます。雅安茶厰では今も続けて造っており、私も二本持っています。どうしても欲しくて雅安の郵便局に持ち込むと、お茶は5kgまでしか送れないと言われて押し問答になり、これは飾り物です、アート作品ですと言って、やっとそのままの姿で日本に送ってもらえました。一本持つのもやっとの重さです。中を開けていないので、正確ではありませんが、10kg前後の重さではないでしょうか?当時の様に20個入っているかは開けないと正確にはわかりませんが、まだ少しそのままの姿にしておきたいと思っています。
 四川省天全県の「背夫」と言われる人々は力持ちで有名でした。この竹の茶包(一包20斤:約10kg)を10〜16本程を一人でかつぎ、雅安から康定に運びました。女の背夫もいました。けわしい二郎山を越えて行くには人間の足で運ぶしかなかったのです。その間茶を背からおろす事は一度もありませんでした。食べる、寝る、お手洗いは竹の皮を持ち、女の人もそれで済ませたそうです。その道を実際に歩き、その話を教えて下さった駱少君先生(「黒茶のすべて」著者)は「なんてかわいそう」と実感こめて言われました。私も雅安に行きましたが、工場を見るのが精一杯で、外国人がチベット近くのまだ整備されていない山道に行く事はかないませんでした。

 黒茶は茶の需要が増えた為、最初に涇渭茯茶が出来た頃から輸送のために固められて来ました。15cm×18cm×10cmと言うのは人力で運ぶのに一番適した大きさだったのかもしれません。その後も馬、牛、船など一番需要が多い地域に運びやすい形を求めていろいろな形が出来て来ました。雲南省の七子餅は七枚をまとめて一筒とし、その12筒を一つの籠に入れて、それを馬や牛の両側に一籠づつ振り分けて茶馬古道上を運びました。漢口が開放された万里茶路の時代にはロシアからプレス機が入り、2kgの磚茶が出来ました。漢口では船での輸送が多かったのです。

 90年代までは国の規制が多く、黒茶の製造も国営茶厰が殆どでした。茶農家が作った茶葉の行き先から、茶厰で製造された茶の販売先まで決められていました。その時代に作られた勐海茶厰の普洱茶が、コレクターズアイテムと言われる様になるほど、作られた普洱茶の種類も今では考えられない位の少なさでした。
 国の手厚い補助を受けていた辺境に送られる茶も2000年代になると徐々に自由化され、湖南省では2006年12月に、省の協力を得て立派な「湖南黒茶」が出版されます。共産党とのつながりが薄く復刻の遅くなった涇渭茯茶も復刻されました。雅安茶厰がほぼ独占していた雅安の蔵茶も現在では複数の茶厰が作っています。
 交通網の発達した現在では江蘇省や浙江省など、従来は緑茶の産地で作られた黒茶もあり、また湖南省でも現在では茶の六大分類のすべての茶が作られ輸出も盛んに行われています。
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   画像:3)中国初期の写真家孫明経が1939年7月に撮影

 辺境に送られた辺茶は従来は煮て飲む茶でした。2000年以降は煮なくても飲める茶も売られています。煮るのは面倒な事や、茶芸が出来ない事などがあり、辺境以外に売り上げを延ばす為に煮ないで飲める茶が必要とされたのでしょう。また元々は出来たその年に飲まれる物ではなかった黒茶ですが、現在では1年目と2年目では味が変わるとも言い、普洱茶のように年を経た茶が美味しいと高値で売られてもいます。千両茶など1年ごとに味が変わるとも思えず、私は数年で値段をかえる事は疑問に思います。ただ70年代に作られ辺境にのみ送られていた茶は種類も少なく、やはり2000年以後に作られた茶とは茶葉も風味も違います。
 それらの茶は2kgで5万円前後で売られているのが相場でしょう。大きくなった新興茶厰で現在作られている茶がそれ以上の値段で売られている場合も多いようですが、私は首をかしげます。やはり100g1000円前後で良質で美味しい茶をお分けできたらと思っています。

 どうみても黒茶はやはり日常に飲むお茶で、おもてなしや茶芸を楽しむお茶ではないと思うのです。番茶は玉露にはなれない。だけど毎日飲むには番茶の方が良いという方も多いでしょう。私もお茶会に呼ばれたり、季節の菓子に合わせて烏龍茶や他の分類の茶を飲むのはとても楽しい。お茶会の最後に普洱熟茶が出ればほっとするし、古茶樹の普洱生茶独特の風味を楽しむ茶席も良いと思う。ただ発酵茶として腸内細菌を整えてくれる優れものとして普洱茶も毎日飲む普段着のお茶だと思う。辺境に送られた茶は最初のスタートが違う。この茶はやはり毎日飲み“未病”を防ぐために麦茶の様に飲む茶だと思う。しつらえに凝ったり茶芸として供されるのは違和感があります。

 黒茶の講座が開かれると後でご質問や疑問点のメールを戴く。私が出てない講座もあるからビックリしながら出来るだけお答えするけど、もう一度勉強しなおす機会にもなるからとても嬉しい。茶馬古道や万里茶路に行く人も多く、古樹をたずねて売り物でない晒青緑茶を頂戴するなどもとても嬉しい。来月はラオスの古茶樹の情報も戴けそうだ。黒茶だけみても中国茶の世界も動きがとても速い。うっかりしていると古い情報になってしまうし、相変わらず間違った情報も氾濫しているから注意が必要だ。黒茶に興味を持ってセミナーを聞かれる方が多くいるのはとても嬉しい。辺境の茶を求めて旅する方が多くなるのもとても嬉しい。
 ただただ一つ気をつけて欲しいと思う。講座でも茶厰でも言われた事を鵜呑みにしない事、もちろん私の言う事も(笑)。疑問があったら調べて、複数の人に聞いて欲しいと思う。それから判断して欲しい。それでもわからない事はたくさんある。私も調べれば調べるほどわからない事はたくさんある。味だって本当に千差万別だ。そうしながら少しずつ見えてくるような気がしたりする。この面倒さが面白いのかな。
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by natch551 | 2016-03-23 00:30 | 普洱茶

明染付と初期伊万里

 三枚の皿がある、殆ど変わらないけど、日本の伊万里と中国の染付だ。
 これは東南アジアの名家が普段使いに使用していた。全部で数十枚あったけど長年使用されてたから、欠けのある皿も大分あって、完全な品は十数枚だったかな。割れると足していたらしいけど、面白いと思ったのは中国と日本が混ざっていた事、中国の技術を伊万里が吸収し制作して、同じ様に輸出され同じ店で売られていたのですね。値段も扱いも同じだったのかも知れない。
 私は気に入った陶器があるとだいたい二枚買う。割れるかも知れないから三枚あればなお良い。そして海馬さんと普段使いにする。皿によっては三十年以上毎日使われる。二人の食卓に並ぶのは殆ど古い皿ばかり。お客様やお茶会では鉢や大皿以外は取り換えの効く皿にする。現在では人数分は買えないし、気を使われたりするのも好きではない。私が使っている古い皿はあくまでも普段使いに作られた物だと思うから。
 普洱茶も陶器も普段使いに作られた品が時代を経るとビンテージ扱いされる様になる。これは私にとって痛しかゆしだ。あるお茶の先生に古い錫器をきれいにして怒られた事がある。時代匂が大事なのだと。そう今では同じ品でも時代の垢が付いている方がずっと高価に売られている。だけど物から言わせればそんな事ないと私は思う。職人さんが心を込めて作った品は作られた時点が完成型であると思うから。千利休や柳宗悦の時代から日本は雑器や見立てを大事にするから私の方が変わっていると思う。もちろん長い年月を残って来た物だから大切には扱う。三年ほど金繕いもやった。毎日三十五年は使用している取り皿は一枚も割った事はない。
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 普洱茶も粉まで無駄にしないように美味しく常にリスペクトして飲もうと思っているけど、陳年と言われ貴重な茶もやはり大きな茶壺で12グラムは入れて飲むのが一番美味しい。紅印餅だってしょぼしょぼ入れると美味しくない茶なんですよね。だから飲む時は茶葉をたくさん入れて、大きめの杯で時間制限なしでゆっくり味わう。やはり普段着のお茶だと思う。最初から献上手に作られた伊万里や官窯の蓋碗は迫力が違う。私の手には負えないのだろう。たまたま手に入った官窯の見た事もないような細かい金彩で作られた蓋碗は、一度も使わず半年も経たないうちにどうしても欲しかった普洱茶に変わってしまった。貢茶の流れをくむ高価な緑茶や黄茶も皆で飲ませて貰う事はあっても私の元に長く有る事はない。身分不相応と言う事なんだろう。お茶や道具に関わらず身の回りすべて身分不相応な品はやはり落ち着かない。
 茶壺(急須)も名品と言われる壺は今の私にはとても手に負えない。一度淹れさせて戴いた事があるが、水の味が直接出てしまう。浄水しても水道水の味が鮮明に出る。急いで水を買いに走った。無名の職人であっても腕が良く丁寧に作られた土の良い茶壺、お茶が気持ちよくなってくれる茶壺が今の私には一番良い。
 昔から私は物にも人と同じに意思があるのではないかと思っている。だからお金のあるなしではなく、物を理解し、愛し、大切にする人の所に物は行くって考えている。欲しいと思っていると普洱茶でも伊万里でも、お金だけでは買えない物がふと私の前に現れる事がある。これはいらないと思っていると欲しい人が必ず現れてくれる。ご縁と言うのか何と言うのかわからないけど。
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 写真のお皿は私は三枚あれば良いから後は皆にわけた。銀座の画廊の三分の一以下の値段だった。金繕いすればまだまだ充分使える皿がまだ十枚程はそのまま友人の所にあると思う。中国茶仲間も今年は古い陶器に興味を持つ人たちが出てきた様子。30代の若いグループもいて、とても嬉しい。現在の評価ではなく自分に合った品を買ってみて欲しい。長く使っていると見えて来る事があると思うから、やはり合わないと思ったら手放せば良い。又売れるのが古い品の良さでも有る。茶壺でも本当に気に入ったら高価だと思っても買うほうが良いと思う。安易に安いから買った品はきっと気に入らなくなる、自分とお茶の関係は年々変わるからね。私と道具たちとの関係も又変わるかも知れない。もう十年も経ったら、違う事言ってるかも知れない。
 作られた時の趣旨とは違って来てしまったお茶や陶器、もちろん新しい使い方があってもすごく良いとは思う。普段とか気楽とかはもともと茶席や気取った事が出来ない私の言い訳にすぎないのだから。高価とか貴重品とか言われる様になってしまった普洱茶や伊万里を前にして考えちゃうなー。これからもお茶や陶器と相談しながら彼らがなるべく快適でいられる事を大事にして行こうとは思う。まだまだ欲しい物あるから、突然目の前に現れてくれること祈って(笑)。
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by natch551 | 2015-09-07 15:44 | 普洱茶

嬉しい復刻 下関の斑禅茶 広州仕入旅 五

 1930年代に雲南省猛景茶厰がチベット向けて作っていた茶“猛景緊茶”、鼎興茶厰が作っていた“鼎興緊茶”という茸の様な茶があります。この形は1960年代より国営の下関茶厰に受け継がれました。長くチベットに送られていた茶に感謝するために、班禅喇嘛(パンチェン・ラマ=ダライラマに次ぐチベット第2位のラマ)が茶厰を表敬訪問した事から班禅緊茶と呼ばれる様になり、宝焔牌と呼ばれる焔をモチーフにし、チベット文字が描かれた内飛が特徴です。七個ずつ竹皮に包まれていました。
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 80年代後半には普洱茶として認知され、チベット以外にも広く販売される様になり、四個づつの紙袋で出荷されるようになりました。最初は形の面白さに引かれて買うようになりました。特徴のある内飛も魅力的で、味はしっかりとした辛口の普洱茶です。熟成が進むと楠香も漂いとても美味しいお茶になります。まだ普洱茶ブームが来る前には竹皮包みの茶が買えましたが、10年程前にあっという間になくなり、又非売品になりました。2000年以降も紙包みの茶は時々仕入れていましたが、段ボール一箱で買っても形のせいで、なぜか壊れやすく扱いにくいお茶でした。徐々に値段が上がった事もあり、お店でも見かけなかったので、ここ3年程はうちにある茶をおわけしていましたが、ついになくなりました。昨年須賀さんが「下関茶厰」に行くとき調査をお願いしたのですが、もう作っていないとかで、売店にもなかったそうです。
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 雲南省の茶が現在の様に餅茶を中心として中央に送られていただけではなく、辺境の土地にも送られていた事を示すのには一番良い例になるお茶です。辺境に送られていた歴史から、味は良くても値段は安価です。今回の仕入旅ではたぶん駄目かも知れないけど探して見ようと思っていました。
 あったんです。2015年3月23日製造の下関緊茶「青心」と名付けられて、昔の様な七個が竹皮に包まれています。竹ヒゴは針金に替わりましたが、とてもしっかりと包まれています。紙袋の時代には熟茶も作られていましたが、今回のは昔の様な生茶です。海馬さんがFaceBookに掲載している写真を見ても、下関茶厰が出てくるムービーを見ても、今一つ包み方は想像するしか分からないのですが。
 茸のてっぺん、付け根なども昔の形に近くなりました。まだ新しいのでどう熟成していくのかはこれからの楽しみです。250グラム4000円、辛口で強い茶ですが甘さもあり飲んで戴いた皆さんには大好評です。講習会で普洱茶の歴史を勉強するときなどには、やはり現物を見ていただきたい。国営企業から民間会社に変わった茶厰の中でも、「下関茶厰」は一番頑張っているなと思います。他の茶を見ても、派手ではないけれど確実に楽しく買いやすいお茶を作っています。これからも気をつけて見ていこうと思いました。
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by natch551 | 2015-07-21 17:29 | 普洱茶
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