今日もぼんやりプーアール

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熟茶成立の秘密__1

 普洱茶の事を調べているといつも中国の歴史につきあたる。熟茶もその例外ではないし、もっともその影響を受けた茶だとも思う。大きな国の戦争は、日本ともまた大きく違う。一斉に勝利したり、敗北したりと言うほど簡単ではないのだ。日本軍や諸外国、国民党政権、共産党と言うふうに国が三つにわかれていた時代もあり、1949年に「中華人民共和国」に統一されるまでには各地で時差があり、お茶に関して国の体裁が整うのはそれからまだ10年近く待たなければならない。
 1940年以前の中国で最初の茶葉交換市場の出来た広州は、100年の間諸外国への輸出の大部分をにない、雲南省の茶葉の殆どはまず広州に運ばれた。
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 当時香港、澳門、広州の茶商たちは共同体で、支店、親族など殆どの茶商がいずれの場所にも関係を持っていたと言う。1949年にその関係が絶たれ、広東省は澳門、香港と切り離される。困ったのは茶商たちばかりではない。世界中のお茶を求める人々にとっても大変な時代になったのだ。特に黒茶が必需品である、チベットや東南アジアに住む人々にとってお茶は欠かせない物だから。今まで一つにまとまっていた黒茶の生産地は3ヶ所に分かれる事になった。
  雲南の同興号、同慶号などの茶厰たちが戦禍を逃れ、茶葉と共にその技術を携えて着た澳門、香港。長い年月の間茶葉取引の中心だった広東省広州。そして新しく出来た「中華人民共和国」では茶の国営企業が雲南省に五つ置かれる。黒茶(普洱茶)生産は「勐海茶厰」「下関茶厰」「昆明茶厰」の三社がになう事になった。
 考えて見ればその三ヶ所でそれぞれの「熟茶」が誕生したのは必然の成り行きだったのだろう。
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 もう一つの背景は消費地にある。戦前雲南省から広州までの道は整備されていなかったから、早くても2、3ヶ月、殆どの茶葉は半年以上掛かって運ばれて来たと言う。春から夏に雲南省の少数民族に摘まれた茶葉は、秋から冬に茶問屋に集められ晒青緑茶のまま分類され、あるいは生普洱茶に加工され、次の春から秋にかけて運ばれて来た。太陽にあたり、温湿度の違いをくぐり抜けて広州に着いた茶葉は、新茶特有の苦味がとれて円やかな味になっていたと言う。広州も温度も高く湿度の多い場所だから、そこで保管されて各地に送られた茶葉が消費者の手に渡るまでには、茶摘みされてから少なくても二年は掛かったのだろう。それらの茶はとても美味しいと評判が良かった。
 1949年以降も雲南省の茶葉の輸出の殆どを広州が独占していたが、戦前のお茶とは味が違っていた。外貨の欲しかった50年代初頭、摘み取られた茶の殆どは即座に晒青緑茶にされ、そのまま広州に運ばれていた。雲南省からは茶の保存方法や製造技術を持つ茶厰たちが居なくなっていたし、国営企業は茶のすべてについてまだ手さぐりの時代だったのだと思う。
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# by natch551 | 2016-05-22 20:12 | 普洱茶

川蔵茶馬古道と四川の背夫

 このblogも中国人の春節より永く、お休みしてしまいました。
 今年は普洱茶以外の黒茶が注目をあびています。お陰様で春節以来忙しく過していました。とても嬉しい事ですが、間違った情報やあやふやな情報が氾濫しそうな気配もあるので、少しずつ辺境に運ばれた黒茶の事を書いて行きたいと思っています。今年は「今日もぼんやり辺境の茶」ですね(笑)。
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画像:1)川蔵茶馬古道の雅安から康定に向けて茶包を運ぶ「背夫」の写真、1908年7月30日に米国人ウィルソンが撮影したもの。

画像:2)フランス人オーギュスト・フランソワは清代末期の1896年に中国に来て、昆明の領事として8年間暮らし、数千枚もの写真を撮った。「背夫」の画像は、四川省の瀘定橋から康定に至るところで、1904年に撮影したもの。

 どちらも有名な写真です。

 各画像の背負っている茶は、雅安で作られた約18cm×11cm×6cmの蔵茶を約1mの長さの竹籠で包みます。雅安茶厰では今も続けて造っており、私も二本持っています。どうしても欲しくて雅安の郵便局に持ち込むと、お茶は5kgまでしか送れないと言われて押し問答になり、これは飾り物です、アート作品ですと言って、やっとそのままの姿で日本に送ってもらえました。一本持つのもやっとの重さです。中を開けていないので、正確ではありませんが、10kg前後の重さではないでしょうか?当時の様に20個入っているかは開けないと正確にはわかりませんが、まだ少しそのままの姿にしておきたいと思っています。
 四川省天全県の「背夫」と言われる人々は力持ちで有名でした。この竹の茶包(一包20斤:約10kg)を10〜16本程を一人でかつぎ、雅安から康定に運びました。女の背夫もいました。けわしい二郎山を越えて行くには人間の足で運ぶしかなかったのです。その間茶を背からおろす事は一度もありませんでした。食べる、寝る、お手洗いは竹の皮を持ち、女の人もそれで済ませたそうです。その道を実際に歩き、その話を教えて下さった駱少君先生(「黒茶のすべて」著者)は「なんてかわいそう」と実感こめて言われました。私も雅安に行きましたが、工場を見るのが精一杯で、外国人がチベット近くのまだ整備されていない山道に行く事はかないませんでした。

 黒茶は茶の需要が増えた為、最初に涇渭茯茶が出来た頃から輸送のために固められて来ました。15cm×18cm×10cmと言うのは人力で運ぶのに一番適した大きさだったのかもしれません。その後も馬、牛、船など一番需要が多い地域に運びやすい形を求めていろいろな形が出来て来ました。雲南省の七子餅は七枚をまとめて一筒とし、その12筒を一つの籠に入れて、それを馬や牛の両側に一籠づつ振り分けて茶馬古道上を運びました。漢口が開放された万里茶路の時代にはロシアからプレス機が入り、2kgの磚茶が出来ました。漢口では船での輸送が多かったのです。

 90年代までは国の規制が多く、黒茶の製造も国営茶厰が殆どでした。茶農家が作った茶葉の行き先から、茶厰で製造された茶の販売先まで決められていました。その時代に作られた勐海茶厰の普洱茶が、コレクターズアイテムと言われる様になるほど、作られた普洱茶の種類も今では考えられない位の少なさでした。
 国の手厚い補助を受けていた辺境に送られる茶も2000年代になると徐々に自由化され、湖南省では2006年12月に、省の協力を得て立派な「湖南黒茶」が出版されます。共産党とのつながりが薄く復刻の遅くなった涇渭茯茶も復刻されました。雅安茶厰がほぼ独占していた雅安の蔵茶も現在では複数の茶厰が作っています。
 交通網の発達した現在では江蘇省や浙江省など、従来は緑茶の産地で作られた黒茶もあり、また湖南省でも現在では茶の六大分類のすべての茶が作られ輸出も盛んに行われています。
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   画像:3)中国初期の写真家孫明経が1939年7月に撮影

 辺境に送られた辺茶は従来は煮て飲む茶でした。2000年以降は煮なくても飲める茶も売られています。煮るのは面倒な事や、茶芸が出来ない事などがあり、辺境以外に売り上げを延ばす為に煮ないで飲める茶が必要とされたのでしょう。また元々は出来たその年に飲まれる物ではなかった黒茶ですが、現在では1年目と2年目では味が変わるとも言い、普洱茶のように年を経た茶が美味しいと高値で売られてもいます。千両茶など1年ごとに味が変わるとも思えず、私は数年で値段をかえる事は疑問に思います。ただ70年代に作られ辺境にのみ送られていた茶は種類も少なく、やはり2000年以後に作られた茶とは茶葉も風味も違います。
 それらの茶は2kgで5万円前後で売られているのが相場でしょう。大きくなった新興茶厰で現在作られている茶がそれ以上の値段で売られている場合も多いようですが、私は首をかしげます。やはり100g1000円前後で良質で美味しい茶をお分けできたらと思っています。

 どうみても黒茶はやはり日常に飲むお茶で、おもてなしや茶芸を楽しむお茶ではないと思うのです。番茶は玉露にはなれない。だけど毎日飲むには番茶の方が良いという方も多いでしょう。私もお茶会に呼ばれたり、季節の菓子に合わせて烏龍茶や他の分類の茶を飲むのはとても楽しい。お茶会の最後に普洱熟茶が出ればほっとするし、古茶樹の普洱生茶独特の風味を楽しむ茶席も良いと思う。ただ発酵茶として腸内細菌を整えてくれる優れものとして普洱茶も毎日飲む普段着のお茶だと思う。辺境に送られた茶は最初のスタートが違う。この茶はやはり毎日飲み“未病”を防ぐために麦茶の様に飲む茶だと思う。しつらえに凝ったり茶芸として供されるのは違和感があります。

 黒茶の講座が開かれると後でご質問や疑問点のメールを戴く。私が出てない講座もあるからビックリしながら出来るだけお答えするけど、もう一度勉強しなおす機会にもなるからとても嬉しい。茶馬古道や万里茶路に行く人も多く、古樹をたずねて売り物でない晒青緑茶を頂戴するなどもとても嬉しい。来月はラオスの古茶樹の情報も戴けそうだ。黒茶だけみても中国茶の世界も動きがとても速い。うっかりしていると古い情報になってしまうし、相変わらず間違った情報も氾濫しているから注意が必要だ。黒茶に興味を持ってセミナーを聞かれる方が多くいるのはとても嬉しい。辺境の茶を求めて旅する方が多くなるのもとても嬉しい。
 ただただ一つ気をつけて欲しいと思う。講座でも茶厰でも言われた事を鵜呑みにしない事、もちろん私の言う事も(笑)。疑問があったら調べて、複数の人に聞いて欲しいと思う。それから判断して欲しい。それでもわからない事はたくさんある。私も調べれば調べるほどわからない事はたくさんある。味だって本当に千差万別だ。そうしながら少しずつ見えてくるような気がしたりする。この面倒さが面白いのかな。
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# by natch551 | 2016-03-23 00:30 | 普洱茶

茶請けと点心

 中国茶が日本独特の発展をしてきたなーと感じる事にお菓子の扱いがある。
 中国で作られた「現代工夫茶二十五序」に寄れば、一番;客が座るから始まる一連の進行の中で、二十三番;韻を楽しむ(茶の残り香をのど、口で楽しむ)の後、最後の二十五番;客を送るの前、二十四番;茶菓子を食べるとある。
 日本の茶道では茶の前に菓子を食べるのが一般的である。家庭でのおもてなしでも菓子と茶を同時に楽しむのが普通だと思う。その場合菓子が主役で茶が従である方が多いと思う。 
 茶道のお茶会のお客様にとってもお菓子は重要な位置を占めるように感じる。小笠原流のお家元いわく、「初釜の時、表千家がじょうよ饅頭というお菓子であるのに対して、裏千家ははなびら餅(昔のお総菜)。それを見れば裏千家より表千家が格が上だったとわかる。」と言う。現在はなびら餅が総菜から来ている事を知らない人もいるし、饅頭より高級な菓子だと思っている人だっているから、素人の私には良く分からない世界だけど。
 私は日本の中国茶会で出てきた黄身餡の月餅が忘れられない位美味しかった。でもその時何のお茶と一緒に食べたのか、お茶の方は記憶にない。煎茶の茶会でも季節に合った菓子のいろいろは目でも楽しく、食べるのは至福の時だけど、茶に関してはたいてい菓子ほどの説明がない。日本の中国茶の茶会では一つの茶に一つの菓子が一般的だと思うし、どの菓子がどの茶に合うかは、茶会の主催者にとって頭を悩ます所だと思う。
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 転じて中国で中国茶を楽しむ場合、菓子はそれ程重要ではないと思う。なぜなら彼らとって、茶請けと点心(飲茶に分類されるエッグタルトやパイなど)は分かれている。茶が主役の茶席に点心の類が出される事はない。葉榮枝先生と岩茶を飲んでいた時の事、何か食べようと言う事になり、夏だけどビールを飲めない私は、もう出がらし近くなっているその茶を飲もうとしたら、この茶は食べ物と一緒に飲むなと止められた。また茗香茶荘に友人が果物持ち込んで、茶の共にしようとしたらマイケルに止められた事もある。
 お茶屋さんに行くとテーブルに胡桃や種類は置いて在るし勧められもするけれど、友人の茶荘に私が行くと分かっていても、良いお茶は用意してあってもケーキを買って待っていて呉れるなんて事はない。陳国義さんと二時間もお茶飲んで、帰ろうとしたらお嬢さんがお菓子を持ってきて呉れた事もあるけど、お茶飲んでる二時間はお菓子なしだった。
 喫茶店代わりの茶館に、食べ放題のいろいろが並んでいる事もあるし、もちろんメニューには簡単な点心もある。だけど何か違うんですよね。茶が主役で菓子が従の時、食事が主役で茶が従の時がはっきり分けられている様な気がするのです。
 この違いは何かと考えると、まず日本のお菓子がすぐれている事かな? 季節、地方、それぞれ文化の一つと言いたい位、五感で楽しめる数々のお菓子がある。毎年新しい物も出てくるし、伝統的な菓子も毎年新しい発見がある。日本の菓子は茶道と共に発展してきたと言っても過言でないかも知れない。そして来客のおもてなしの基本に、菓子は伝統的に主役であったと思う。茶話会なんて言葉もあるしね。
 一方中国では医食同源から発した茶請けは乾燥果物が多いし、それは又毎年進化しているのだ。今年の漢方学会で山査子の効能がテーマになったと聞いたばかりで、今まで見なかった山査子の丸ごとの乾燥果物が作られたりする。銀杏の殻つきローストなど、日本でも売って呉れないかと思うほどいろいろある。彼らのおもてなしの基本は伝統的に食事なのかな? 茶席は楽しいけれど彼らにとって日本より非日常的空間なのかも知れない。
 それに加えて日本人は食事の最中にあまりお茶飲まないような気がする。だから食事の時のお茶は発展しようがないのかも知れない。食事終わった時お茶飲むけど、最初から飲みながら食べる人はあまりいないのじゃないかな。広東省のように席につくとまず “何のお茶?” で始まり、料理が出来るまで茶を飲んですごす習慣はないのだから。彼らは体調に合わせて食事時の茶を選ぶ。うちでは食事と同時に茶を出すけど飲んで食べるのは私位(笑)皆さん何も飲まないでも平気で食べてる。たぶん食事の内容にもよるのだろう。日本では汁物が同時に出るし、昔は油のきつい料理もあまりなかっただろうから。
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 私もお茶会に呼ばれていろいろなお菓子を戴き眼でも楽しみ美味しく戴く。ただ自分が茶会をしたらお菓子は出さないだろうな。うちの講習会でも戴いたお菓子を楽しみながらお茶を飲むけれど、自分でお菓子用意する事はない。お茶とは別に食べる時間をとる。たぶん香港でお茶に出会い、勉強したからそんな習慣がついたのかな? 今年を振り返ってふと気になってしまった、少数派のひとり事です。
 何かご意見あったら聞かせて下さい。
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# by natch551 | 2015-12-07 22:22 | 茶会

「エコ茶会」in “茶壺天堂”、黒茶は違う?

 あっと言うまにもうひと月経ってしまいました。
 いまさらですが、まずはご来場の方々、お買い上げ戴いた方々、楽しくおしゃべりした方々、本当に有り難うございました。毎年の事ながら新しい茶縁も出来て、本当に嬉しかったです。
 時間によっては、お店が忙しそう、試飲席も一杯と、せっかくおいで戴いたのに、遠くからご覧になってあきらめてお帰りになった方がいらっしゃった事、本当に、本当に申し訳ありませんでした。
 来年はもっと皆様にくつろいで戴けるような店作りをしなければと反省してます。終わってからご連絡下さり、改めて来て下さった方が四人もいます。「エコ茶会」でも店を遠巻きに見ていたご様子で、そうあのお茶人気でしたね。なんて言われると本当に恐縮してしまいました。 
 毎年来て下さる、東京以外のお客様が例年どうりお元気なお顔を見せて下さるのも嬉しいですね。昨年のはどれも美味しかったから菜津子さんセレクトでおまかせします、なんて言って毎年少しずつ買って下さる量が多くなる方も何人かいらして、苦労も吹き飛びますね。来年はもっと良いお茶を探さなくてはと、とっても励みになりました。
 中国、台湾旅行で普洱茶に出会い、自分で買ってきた普洱茶より“茶壺天堂”のセレクトが美味しい、コストパフォーマンスが良いと、お客様になって下さる方も多くそれも嬉しかった。
 というわけで“茶壺天堂”はお客様の増加にともなって売り上げも伸び、良かった良かったなんですが、他の出店者の現状をいろいろ聞くにつけ、私らしくもなくこのひと月はいろいろ考えてしまいました。それは日本における中国茶の現状って言っちゃって良いのか?はわからないけど、一端であるのは確かだと思う。
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 “茶壺天堂”以外のお店では新しいお客様はたくさん来たけれど、中国茶を勉強したお客様は買ってくれなかった。そう皆さん言います。良いお茶を置いて、一緒に勉強したお客様がお茶を理解するようになったらもう買わないと。でも今回は新しいお客様が多かったから、売り上げは殆どのお店が伸びたようで、それは良かった良かったですが。
 “茶壺天堂”では逆に勉強して分かってきたお客様ほど楽しんで買って下さる。だから私ももっともっと勉強して、良い普洱茶を探さなければと、お客様からのお声がとてもはげみになる。初めて茶縁が出来た殆どのお客様が普洱茶に興味を持って、“茶壺天堂”目指していらしていました。だけどだけど何となく黒茶に興味持って、試飲して美味しかったから買ってみる。そんなお客様は来場者数考えると少なかったな〜。初めて飲んだ普洱茶がまずかったのか? 他の中国茶と比較すると入門しずらいのか? 実は今回500円のお茶に一番時間とお金をかけて準備した。テトラのテイーバックもトウモロコシから作った繊維にして、くせなく1日中飲める90年代の茶で作った。普洱茶って安くて美味しいんだ、そう言って戴こうと頑張ったけど一番売れなかった。どうすれば初めて中国茶飲む人に普洱茶飲んでもらえるのか? そう考えていた時に他店のお話を聞いた。逆だー。
 特に台湾茶、私の生徒さんでもやはり台湾茶が一番好きだし、興味あると言うから日本で何軒かのお店を紹介した。しばらくして、台湾におなじみの店が出来ましたと連絡が…。台湾茶美味しい—良いの買ってみる—勉強する—台湾へ行く、これは一つの順路かもしれない。黒茶は?初めて飲んだ普洱茶がかび臭かった(正しく作れば違うのに、他の黒茶もあるし)—飲むのやめた—中国茶体に良いらしいから他の茶で美味しそうなの買ってみよう。が一般的な順路なのかな(涙)
 私でも何気なく中国茶に巡りあっていたらそうなったかな? そう思えるから、どちらのケースも簡単な解決方法は思いつかない。解決方法はまったく違うと思う。
 「海馬」はとりあえず皆さんに黒茶の良さをわかって戴くように映像を集めているが、これからは少しずつ印刷物を作って行こうと言う。それぞれの課題をカラー8ページのシリーズにして作ろうと思う。なるだけ皆さんにわかりやすい様に写真たくさん入れて“茶壺天堂”の宣伝パンフにはしないがコンセプトだ。
 また「茶壺天堂のお茶って買えるんですか?」なんてご質問戴きそうだけど、いつでも来て飲んで下さい。買って下さい。一緒に黒茶たのしみましょう。冬の寒さ、食べ過ぎ乗り切るのは必需品ですよ(笑)
 お天気チョット心配だけど14日(土)には、世田谷観音の「びっくり茶会」で、代官屋敷で試飲会してます。よろしくお願いします。
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# by natch551 | 2015-11-10 12:24 | 中国茶

「エコ茶会」スタッフ100人?

 皆様お疲れさまでした。大変だったけど今年も楽しく、また勉強になりました。黒茶と「茶壺天堂」については次回にして、まずフリーマーケットで気がついた事。茶席とセミナーはお邪魔する時間もなく、とりあえず出店の方々は皆さん元気にやってるかなと気になってフリマは駆け足で回りました。
 今年気がついたのは中国茶の店でお茶好きな臨時販売員さん達が頑張ってた事。昨年まではご主人や奥様がお手伝いだったお店でも今年は中国茶好きさんが手伝って頑張っている店もあり、それが一番嬉しかったです。
 うちでも大熊猫さんに手伝って戴きましたが、ブログの愛好者さん達から「大熊猫さんはどこのブースにいますか?」という問い合わせメールが何人かからあったそうです。ブログやフェイスブックでおなじみの方々が各ブースで販売員として活躍してました。誰がどこのブースを手伝っているか調べていらした方も結構いたのかな。お茶席はもちろんたくさんのファンを持つ方がお店をお手伝しているのはお客様としてもとても嬉しかったと思います。
 搬入、茶席、イベントのお手伝に加えて、今回はその方々を入れると百人位の人がスタッフとして「エコ茶会」盛り上げていたんだなと思います。
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 中国茶って本当に楽しいんですよ。そんな気持ちがあふれていて、口で説明するより何倍も中国茶の楽しさをお客様たちに感じて貰えたと思います。従業員のいない小さな店が多いからお手伝下さる臨時販売員の方がいて出店出来る、そんなお店も多かったと思います。私ものべ10人程の方にお手伝戴いたから、無事「エコ茶会」を終える事が出来ました。お手伝戴いた方々には本当に感謝感謝です。
 いつもお茶会や講演会でお会いする方々が元気でお手伝している姿は皆生き生きしていて本当に素敵でした。遠くに見えたり、トイレでお会いしたりすると安心する(笑)ご挨拶はするけど、お友達と言うより中国茶好き同志なのかな?
 昨年まで一人で見えた方も今年は楽しかったのでとお友達をさそったり、ご夫婦で見えたりが多かったようです。お店紹介、イベント欄など事前にチェック、ブログのこの方の茶席に入り、どの店で何を買うか決めて来た方も例年に増して多かったようです。だからお店紹介欄に原稿送って、頑張った店が売り上げアップした様でそれも嬉しかったですね。努力はむくわれた様です。その分自由が利かなくて、買えなかった分近く又行きます、なんてメールを後で戴いたりしてほほ笑ましかった。
 お茶には興味なかったけど、お友達に誘われて来てみたらすごく楽しかったので、来年も行きますと言って下さった方もいてそれも嬉しかったです。
 店はどうしても店視線からお客様を見てしまう。愛好者の方々が販売員としてお手伝して下さる事によって、店側もお客様が何を望んでいるのか、今まで気ずかなかった事に気ずかされる事も多いと思います。
 それがフィードバックされる。それはとても大きいと思います。
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 もう一つ、地方のお店、実店舗のない店などの動向がわかる事、それも店にとってとても勉強になる。買いたくても中々面倒なんて思っていたお店に私も駆け足で買いに行ったし、駆け足で買いに来て下さった何人かの店主の方もいらした。これも嬉しい。やはり一同に様々なお店の品揃えなど見れる機会はないので、とても勉強になりました。
 チョット気が早いけど来年が楽しみになりました。中国茶愛好家の皆様、臨時販売員の皆様、来年も盛り上げて下さいね。よろしくお願いします。
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# by natch551 | 2015-10-15 22:08 | 全体

地球にやさしい中国茶交流会

「エコ茶会」いよいよ後一週間になりましたね。
 家中段ボールだらけになりながらなかなか進まぬ準備、毎年の事なのに要領が悪いと反省、これも毎年の事。お店紹介の原稿たぶん一番遅かったのが「茶壺天堂」だと思う。森崎さんごめんなさい。掲載は8日になるとの事でブログ、フェイスブックにひと足先にご紹介します。茶壺その他はほんの少し、今回お茶は黒茶だけです。普洱茶はいつもより幅広く揃えたつもりです。
 お気楽にお立ちより下さり、楽しんで戴ければとても嬉しいと思ってます。

〖茶壺天堂〗
 プーアル茶が大好きな方のために、現在では評価も定まった国営時代に生産した茶や、1970年代の棗香を始め、伝統ある易武山の新しい餅茶など用意しました。一枚だと買いにくい方のためには、催事中は50gより提供させて戴きます。
 無料試飲席もご用意致しましたので、おみやげに戴いたプーアル茶がよく分からないとか、プーアル茶の淹れ方などもご質問下さい。これまでプーアル茶はくせがあって飲みにくいと感じていた方、ぜひこの機会にお試し下さい。お勧め商品はどれも発酵茶として腸内細菌を整え、血行を良くして毛細血管を活発にし、栄養が体内の隅々まで届くようになります。
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1.易武正山(生)易武老街の屹瑪茶厰が熱帯雨林の自然の中で300年を経た古茶樹でつくりました。プーアル茶大好きな方、是非お試し下さい。400g 普洱生茶18,000円。
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2,1980年代よりチベットに送られて、パンチェンラマの名を冠してに班禅茶と呼ばれた茶が「青心緊茶」として復刻されました。当時そのままに七個が竹皮に包まれています。250g 生沱茶4,000円。
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3,最初に作られた黒茶の磚茶と言われる陜西省産の「涇陽茯茶」。自然の「金花」は新疆ウイグルの人々に愛されました。体にやさしいくせのない味です。357g 七子茯磚茶 4,000円。
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4, 2015年3月、屹瑪茶業は「千年茶樹」で餅茶を製作することに挑戦しました。出来上がった茶を試飲すると、正に別格の味です。「限定3枚」普洱生茶 357g 25,000円。
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 皆さまのご来席を、お待ち申しあげています。

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# by natch551 | 2015-10-04 00:20 | 全体

明染付と初期伊万里

 三枚の皿がある、殆ど変わらないけど、日本の伊万里と中国の染付だ。
 これは東南アジアの名家が普段使いに使用していた。全部で数十枚あったけど長年使用されてたから、欠けのある皿も大分あって、完全な品は十数枚だったかな。割れると足していたらしいけど、面白いと思ったのは中国と日本が混ざっていた事、中国の技術を伊万里が吸収し制作して、同じ様に輸出され同じ店で売られていたのですね。値段も扱いも同じだったのかも知れない。
 私は気に入った陶器があるとだいたい二枚買う。割れるかも知れないから三枚あればなお良い。そして海馬さんと普段使いにする。皿によっては三十年以上毎日使われる。二人の食卓に並ぶのは殆ど古い皿ばかり。お客様やお茶会では鉢や大皿以外は取り換えの効く皿にする。現在では人数分は買えないし、気を使われたりするのも好きではない。私が使っている古い皿はあくまでも普段使いに作られた物だと思うから。
 普洱茶も陶器も普段使いに作られた品が時代を経るとビンテージ扱いされる様になる。これは私にとって痛しかゆしだ。あるお茶の先生に古い錫器をきれいにして怒られた事がある。時代匂が大事なのだと。そう今では同じ品でも時代の垢が付いている方がずっと高価に売られている。だけど物から言わせればそんな事ないと私は思う。職人さんが心を込めて作った品は作られた時点が完成型であると思うから。千利休や柳宗悦の時代から日本は雑器や見立てを大事にするから私の方が変わっていると思う。もちろん長い年月を残って来た物だから大切には扱う。三年ほど金繕いもやった。毎日三十五年は使用している取り皿は一枚も割った事はない。
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 普洱茶も粉まで無駄にしないように美味しく常にリスペクトして飲もうと思っているけど、陳年と言われ貴重な茶もやはり大きな茶壺で12グラムは入れて飲むのが一番美味しい。紅印餅だってしょぼしょぼ入れると美味しくない茶なんですよね。だから飲む時は茶葉をたくさん入れて、大きめの杯で時間制限なしでゆっくり味わう。やはり普段着のお茶だと思う。最初から献上手に作られた伊万里や官窯の蓋碗は迫力が違う。私の手には負えないのだろう。たまたま手に入った官窯の見た事もないような細かい金彩で作られた蓋碗は、一度も使わず半年も経たないうちにどうしても欲しかった普洱茶に変わってしまった。貢茶の流れをくむ高価な緑茶や黄茶も皆で飲ませて貰う事はあっても私の元に長く有る事はない。身分不相応と言う事なんだろう。お茶や道具に関わらず身の回りすべて身分不相応な品はやはり落ち着かない。
 茶壺(急須)も名品と言われる壺は今の私にはとても手に負えない。一度淹れさせて戴いた事があるが、水の味が直接出てしまう。浄水しても水道水の味が鮮明に出る。急いで水を買いに走った。無名の職人であっても腕が良く丁寧に作られた土の良い茶壺、お茶が気持ちよくなってくれる茶壺が今の私には一番良い。
 昔から私は物にも人と同じに意思があるのではないかと思っている。だからお金のあるなしではなく、物を理解し、愛し、大切にする人の所に物は行くって考えている。欲しいと思っていると普洱茶でも伊万里でも、お金だけでは買えない物がふと私の前に現れる事がある。これはいらないと思っていると欲しい人が必ず現れてくれる。ご縁と言うのか何と言うのかわからないけど。
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 写真のお皿は私は三枚あれば良いから後は皆にわけた。銀座の画廊の三分の一以下の値段だった。金繕いすればまだまだ充分使える皿がまだ十枚程はそのまま友人の所にあると思う。中国茶仲間も今年は古い陶器に興味を持つ人たちが出てきた様子。30代の若いグループもいて、とても嬉しい。現在の評価ではなく自分に合った品を買ってみて欲しい。長く使っていると見えて来る事があると思うから、やはり合わないと思ったら手放せば良い。又売れるのが古い品の良さでも有る。茶壺でも本当に気に入ったら高価だと思っても買うほうが良いと思う。安易に安いから買った品はきっと気に入らなくなる、自分とお茶の関係は年々変わるからね。私と道具たちとの関係も又変わるかも知れない。もう十年も経ったら、違う事言ってるかも知れない。
 作られた時の趣旨とは違って来てしまったお茶や陶器、もちろん新しい使い方があってもすごく良いとは思う。普段とか気楽とかはもともと茶席や気取った事が出来ない私の言い訳にすぎないのだから。高価とか貴重品とか言われる様になってしまった普洱茶や伊万里を前にして考えちゃうなー。これからもお茶や陶器と相談しながら彼らがなるべく快適でいられる事を大事にして行こうとは思う。まだまだ欲しい物あるから、突然目の前に現れてくれること祈って(笑)。
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# by natch551 | 2015-09-07 15:44 | 普洱茶

嬉しい復刻 下関の斑禅茶 広州仕入旅 五

 1930年代に雲南省猛景茶厰がチベット向けて作っていた茶“猛景緊茶”、鼎興茶厰が作っていた“鼎興緊茶”という茸の様な茶があります。この形は1960年代より国営の下関茶厰に受け継がれました。長くチベットに送られていた茶に感謝するために、班禅喇嘛(パンチェン・ラマ=ダライラマに次ぐチベット第2位のラマ)が茶厰を表敬訪問した事から班禅緊茶と呼ばれる様になり、宝焔牌と呼ばれる焔をモチーフにし、チベット文字が描かれた内飛が特徴です。七個ずつ竹皮に包まれていました。
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 80年代後半には普洱茶として認知され、チベット以外にも広く販売される様になり、四個づつの紙袋で出荷されるようになりました。最初は形の面白さに引かれて買うようになりました。特徴のある内飛も魅力的で、味はしっかりとした辛口の普洱茶です。熟成が進むと楠香も漂いとても美味しいお茶になります。まだ普洱茶ブームが来る前には竹皮包みの茶が買えましたが、10年程前にあっという間になくなり、又非売品になりました。2000年以降も紙包みの茶は時々仕入れていましたが、段ボール一箱で買っても形のせいで、なぜか壊れやすく扱いにくいお茶でした。徐々に値段が上がった事もあり、お店でも見かけなかったので、ここ3年程はうちにある茶をおわけしていましたが、ついになくなりました。昨年須賀さんが「下関茶厰」に行くとき調査をお願いしたのですが、もう作っていないとかで、売店にもなかったそうです。
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 雲南省の茶が現在の様に餅茶を中心として中央に送られていただけではなく、辺境の土地にも送られていた事を示すのには一番良い例になるお茶です。辺境に送られていた歴史から、味は良くても値段は安価です。今回の仕入旅ではたぶん駄目かも知れないけど探して見ようと思っていました。
 あったんです。2015年3月23日製造の下関緊茶「青心」と名付けられて、昔の様な七個が竹皮に包まれています。竹ヒゴは針金に替わりましたが、とてもしっかりと包まれています。紙袋の時代には熟茶も作られていましたが、今回のは昔の様な生茶です。海馬さんがFaceBookに掲載している写真を見ても、下関茶厰が出てくるムービーを見ても、今一つ包み方は想像するしか分からないのですが。
 茸のてっぺん、付け根なども昔の形に近くなりました。まだ新しいのでどう熟成していくのかはこれからの楽しみです。250グラム4000円、辛口で強い茶ですが甘さもあり飲んで戴いた皆さんには大好評です。講習会で普洱茶の歴史を勉強するときなどには、やはり現物を見ていただきたい。国営企業から民間会社に変わった茶厰の中でも、「下関茶厰」は一番頑張っているなと思います。他の茶を見ても、派手ではないけれど確実に楽しく買いやすいお茶を作っています。これからも気をつけて見ていこうと思いました。
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# by natch551 | 2015-07-21 17:29 | 普洱茶

楊聘號の熟茶、茶葉市場を飛び出して 広州仕入旅 四

 熟茶も仕入れなければなりません。陳年茶頭もあと10㌔弱しかない。可以興磚茶も2007年以降は経営者が変わり、値段品質共に良くない。毎日気楽に飲んで戴きたいから品質は良く、安定して供給が出来て、尚且つ買いやすい値段である事、この難しい条件で海馬さんがいろいろ調べました。そして候補に挙げたのが楊聘號 (YangPinHao) の熟茶です。
 百年の歴史を持つ老舗が、ちょうど百年を迎える2012年に記念を兼ねて作った茶です。再興された現在では少品種ながら卸しを中心として丁寧な商売をしています。昨年11月に茶葉市場から移転し、現在の店は代官山のヒルサイドテラスの様な建物の二階のアートな空間です。壁面にはきれいに飾られた茶器、胡琴も配され茶を飲みながら二十人位ならパーテイーが出来そうな空間で、広く採られた窓からは樹木の緑と外光が溢れています。お客さんはベルを押して開けてもらい中に入るようになっていて、一見様には入りにくいサロンでしょうか。
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 老板の呉先生を指名すると昼食に出ていてすぐ戻るとの事で、英語の出来るマネージャーの方と試飲しながら待ちました。昔の製作現場の白黒写真もあり、現在の他の熟茶より、温湿度を控えめに堆積している事、ここは茶を飲んで選んで貰い、全国に卸すサロンである事、全国に楊聘號を扱うお茶屋が増えている事など、生茶も易武山のがお勧めだと淹れて呉れました。呉先生は若い静かな方で、どうやら店の切り盛りはすべてマネージャーがしている様子。
 雲南省勐海の本拠地の工場は、お兄さん?が仕切っている様子でした。初めてなので、買ったのは少量でしたが、大卸しと同じ値段にしていただきました。マネージャーよりやさしそうだったから呉先生の隣に移動して、そっと交渉し値引きに応じてもらい、おみやげに易武山の生餅茶も戴きました、やったね。帰って来て飲んだらくせがなくてとても美味しいです。357g 一餅六千円で売れることになりました。
 最近自分の世界を作りたい茶商たちが茶葉市場を出て、気に入ったロケーションで個性的な店を作り出しはじめていると今回感じました。レストラン兼用にしたいから、ビジネスの中心地、お金持ちの集まるエリアにしたいとか、楊聘號の様にアパレルのデザイン会社が集まるモダンな場所にするとか、どこもゆったりスペースをとり、くつろいでゆっくりお茶を飲んで貰える様に出来ています。古琴を置く店も増えてました。経済発展は右肩上がりが小休止の様子ですが、今回は円安でも無茶なお茶の値上がりがなかったので、その分気分は楽だったと思います。投資など考えないで、好きなお茶をゆっくり飲む、やっと中国にもそんな豊かな人が増えて来たのだとしたら、とても嬉しいと思います。
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# by natch551 | 2015-07-17 22:38 | 普洱茶

進化する屹瑪茶厰 広州仕入旅三

 4月には広州に行く事を決めて、すぐ屹瑪茶厰にメールした。歓迎の言葉と共に今年の同じ純料の茶がとても出来が良い事、もう四十二枚しか残っていない事を知らされた。
 とりあえず試飲して買うからと茶は確保、楽しみに訪れた。お茶を試飲するとすごく美味しい。2011年は茶厰ができた年だから、昔なつかしい作り方だけど、揉捻、石磨ともに少しゆるい様に感じた。2015年は揉捻、成形共に完成された安定感がある。茶摘みの時期も良い。7枚に包まれた一筒を開けただけでとても良い匂いがする。即決で全部買う。もう1種類勧められたのが易武山にある千年古茶樹で出来た茶、こちらも美味しい、だけど本当にこの茶の良さを味わうのは十年ほど経た方が良いかな?彼らが自慢の樹で作った自慢の茶、限られた予算からとりあえず一筒を買う。上海の茶博覧会に出店したそうで、売り上げは良かったけど、同じ屹瑪茶厰のお茶でも易武山より餅茶一枚が10万円程する冰島や老班章などの茶の方が良く売れたという。屹瑪茶厰の茶は易武山の同じ樹齢の純料茶の方が何分の一の値段でずっと美味しいのに。易武山が彼らの地元だから私達が飲んでみると易武山が一番美味しいし、値段もどこより良心的だと思うけど。
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 2005年からの普洱茶ブームで懲りたはずだけど、やはり中国人の普洱茶愛好家は、飲むよりコレクションの要素が強いのかな?流行やブランド好きなのかな?中国人には限らないけどね。そう話す易武山の陳さんはチョットさみしそうだった。大丈夫、後十年も経てば(そんなにかからないかな)必ず屹瑪は易武山の茶で有名になるから、心の中でそう確信する。今回、この茶が美味しいと100年の歴史を持つ楊聘号で戴いた、同じ今年の易武山の茶と比べても比較にならない位美味しいのだから。最近少しだけ普洱茶が将来どんな味に育っていくのだろうかと想像出来るようになったかな?まだまだ手探りで、大きい事言えないけど(笑)自分が美味しいと思った茶、皆さんが美味しいと言ってくれるのが一番嬉しい。十年前に買った茶がとても美味しく育ってたりすると本当に嬉しい。作り手も同じだと思う。だからそう大量にいろいろ買わない私たちが行くのを屹瑪も喜んでくれるのだと思う。ホテルで一筒を開けたら、良い匂いがパッと広がって倫子ちゃん、淳子ちゃんも感激、嬉しかった。どきどきするけど飲んでみた皆さんの反応が楽しみー。喜んで貰えると苦労も吹き飛んでしまう。今回円安だったけど、どうにか18,000円で売れそうです。屹瑪の若い二人にも感謝感謝。
 驚いたのは若い二人が春節には夫婦になり、九月初めに赤ちゃんが産まれる事、もう彼女は大きいお腹かかえて大変そうだった。彼は昨日雲南省から帰って来たと、店には蜂蜜原料がいっぱい、どんぶり一杯の乳白色、クリーム状と言うよりしゃきしゃきしたロイヤルゼリー入りの蜂蜜を食べろ、食べろと勧めてくれます。めずらしい樹木の蜂蜜、樹木の甘い分泌物を吸った昆虫の蜜を蜜蜂が食べて出来るそうで、樫、栃、樅など雲南の山の恵です、(樹木の蜂蜜くわしくご存知の方教えて下さい、受け売りで書いたけどはっきりとはわからない)美味しいけど、一杯は食べられない。10リットルずつ精製する機械や精製済みの蜂蜜も、おみやげに大きな瓶で呉れると言われたけど、荷物を考えてあきらめた。高級品なのにね。彼はどうやら易武の広州窓口になりつつある様で、広州ライオンズクラブの旗があり、屹瑪が窓口になりライオンズクラブが貧しい易武の茶摘みする子供達の為の学校を作ったり、易武を訪れたりの活動も始めたらしい。蜂蜜も商品化したいとの事、少しずついろいろ協力出来たら良いと思ってます。陳夫人は香港で赤ちゃん生みたいとか、車欲しいとか言ってるからこれからが大変だろうな。のんびりやの陳さん値段上げないで下さいね。
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# by natch551 | 2015-07-05 15:34 | 普洱茶
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